投稿者
  題名
  内容 入力補助<OBJECT>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ teacup.コミュニティ | 画像 ] [ 検索 ]

投稿募集! スレッド一覧

他のスレッドを探す  スレッド作成

[PR]   中国・四国の求人・転職 ろばた焼店大阪府 
teacup. ] [ 無料掲示板 ] [ プレミアム掲示板 ] [ みんなの掲示板 ] [ 無料ブログ ] [ チャット ]

全24件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。 1  2  3  |  《前のページ |  次のページ》 

レイテ沖海戦 最終話

 投稿者:孫文メール  投稿日:2007年 1月 8日(月)14時09分28秒
  マニラは最終日である。6時に起床、全ての準備を整えてチェックアウトを済ませた。初日に保証金としてホテルに預けた1000ペソを受け取り、送迎を待っていると、ロッキーがやってきた。相変わらず眼光の鋭さはヤクザのようである。
ニノイ・アキノ国際空港に到着すると長蛇の列で空港内に入れない。するとロッキーが

「パスポートと航空券を見せて中に入ってくださいね。そのための列ですので。じゃ、ごきげんよう」

最後まで無愛想な男であった。列に並んでパスポート・航空券を見せてようやく中に入った。大きい荷物を預け、空港使用税550ペソを支払い、出国審査を済ませると、再び持ち物チェック。

「は~い、ベルトを取ってください。靴も脱いでください~」

靴まで脱ぐとは何と面倒くさい空港だ。チェックが終わり、搭乗口に向かうとさらにパスポート&航空券を見せる関所があり、最後に搭乗口前にまた同じ関所がある。正直言ってウザい。ペソを円に両替しようと銀行に行くとなんとまだ営業していなかった。普通やってるだろうが! 仕方なく一度外に出て換金したが、またベルトをはずしてチェックを受けなければならない。超ウザイ。
また、喫煙ルームがないので空港の係りの人間に聞いたらトイレに案内され、この掃除ロッカーの中でしろ、と。高校生じゃないんだぞ!しかも

「吸う場所教えてやったんだからチップよこせ」

ふざけるな!! 4日目にして始めて東南アジアらしい人間が現れた。



帰りの飛行機は定刻通り出発し、14時半、無事日本に到着することができた。自宅に帰ると朝青龍が相撲をとっていた。少し休憩の後、大学の友人と飲みに行くために水道橋へ行き、そのまま朝まで帰宅しなかった。


フィリピン旅行記 完
 

レイテ沖海戦 第23話

 投稿者:孫文メール  投稿日:2007年 1月 8日(月)13時55分9秒
  マカティから終点のタフト・アベニュー駅まで行き、乗換えでエドゥサ駅からホテルのあるプル・プヤット駅まで行くのがホテルまでの最短距離である。エドゥサ駅は先ほどの、ビール瓶を持っていたから断られた駅である。さっきの女がいたらどうやってぶっ飛ばしてやろうかと考えてながら駅の階段を昇っていたのだが、どうも様子がおかしい。駅の電気がついていなくて暗いのである。ま、まさか…

「お客さ~ん、終電だよ~」

時刻は20時半。終電になるには早すぎだよ~。どうやってホテルまで帰ろうか。方法はたった1つしかない。ジプニーだ。この旅行で最後に乗る乗り物がジプニーになるとは思わなかった。運転手にしっかり行き先を確認し、一気にホテルまで直行した。

ホテルに到着して風呂に入り、ビールを飲みながら帰国の準備をした。ロビー集合は7時である。途中、マニラ市内の花火大会を見たり、テレビで修羅の刻を観たりしながら帰国準備は整った。バーに行ってモナちゃんにお別れの挨拶をしようと思ったが、残念ながらいなかった。
 

レイテ沖海戦 第22話

 投稿者:孫文メール  投稿日:2007年 1月 8日(月)13時46分30秒
  空はすっかり暗くなり「DIOの時間」となってしまった。マニラ一の繁華街マカティに到着。日本や香港などに比べればたいした高層ビル群ではないが、明らかに他の地区とは雰囲気が違う。マニラ中に鳴り響くクラクションの音などもあまりない。先ほどのSMもそうだが、大型デパートに入る時はカバンのチェックがある。面倒くさいが仕方ないのでチェックを受けてデパートの中を散歩した。そろそろ夕飯の時間が近づいてきた、繁華街マカティで最後の晩餐を取ることに決定。最後はアメリカンバーのようなところにはいりトロピカルジュースとおなじみのスパゲティを食した。お腹いっぱいになり、満足してマカティを去った。  

レイテ沖海戦 第21話

 投稿者:孫文メール  投稿日:2007年 1月 8日(月)13時39分32秒
  手段はたった1つ、ジプニーしかない。ホテルのある方向に向かっているジプニーを超適当に選んで乗り、これを3回繰り返してようやくホテルに到着することができた。大量発汗による水分不足と疲労でしばらくベッドから動けなかった。テレビをつけると「名探偵コナン」をやっていたのでついつい見てしまう。毛利小五郎は英語でもあんな感じの声だった。コナンの後はドラゴンボールだ。2回目の天下一武道会の予選が行なわれていた。当時はまだ悪役だった天津飯にヤムチャがきれたところにジャッキーチュンが「武道家ならば戦って証明せよ」みたいなことを英語で言っていたのが印象的だった。
時刻は18時半。マニラの主要な地区でまだ行っていない場所があった、マカティ地区である。マニラ一の繁華街で、高層ビルが立ち並ぶ近代的な地区。疲労した体に鞭打って、再び出発した。
 

レイテ沖海戦 第20話

 投稿者:孫文メール  投稿日:2007年 1月 8日(月)13時29分18秒
  次の目的地は「パコ駅」の前の広場にある「高山右近像」だ。キリシタンという理由で徳川家康から国外追放の処分を受けた高山右近はマニラのパコ駅付近に住んでいたらしく、それが原因かは分からないが、駅周辺にはかつて日本人町があったらしい。昨日のレイテ沖海戦同様、悲しい日本人のために疲労した肉体に鞭打ってビール瓶を持ち、灼熱の太陽のもとで歩いた。しかし、ここで大きな誤算が生じた。パコ駅に到着するはずの電車がどこを探しても見つからないのだ。体力は限界に近づいていたが頑張って歩いた。すると、線路を発見。しかし喜びもつかの間、その線路に家を建てて住みついているホームレスがいるのだ。フィリピン本で確認すると、確かに「国有鉄道」と書かれてあるのに、どうしてそこに人が住み着いているのか。答えは簡単だ

現在使われていないから

この衝撃の事実を知った直後、一気に体力が尽きた。時刻は16時半を過ぎた。いったんホテルに戻り休憩しようと考え、電車に乗ろうとした。しかしここで思わぬアクシデントが発生した。例のごとく駅入り口でカバンをチェックされたら

「あなた、なんでこんなにビール瓶持ってんの? これを持ってるんなら電車は乗れないわよ、危険だもの」

ふざけるな!! ビール瓶を振り回して傷害事件でも起こすとでも思っているのか!! 女性の警察だったがかなり頭にきた。ホテルまでどうやって帰ればいいか。
 

レイテ沖海戦 第19話

 投稿者:孫文メール  投稿日:2007年 1月 8日(月)13時18分32秒
  最終手段とは、タクシーだ。交通渋滞なんかもう関係ない。颯爽と手を挙げ、タクシーでマラカニアン宮殿に到着した。かなり遠い場所にあり、タクシーを拾って正解だった。大統領府というにはあまりにも警備が薄いのでビビッた。こんなんじゃゴルゴじゃなくても狙撃可能である。
宮殿の近くにある駅からさらに電車に乗り、ケソン・シティに向かった。ここは初代大統領のケソンが住んでいた場所で、大昔はフィリピンの首都だった場所だという。中央省庁も全てある官庁街だ。この町の真ん中にケソン・メモリアルサークルという公園があり、市民の憩いの場として親しまれている。この頃になると、先ほどのジプニーはだいぶ乗りこなせるようになった。
さらに電車に乗ってオルティガス地区に突入した。ここは90年代から高層ビル群が立ち並ぶようになったショッピング街で、日本でいう新宿。時刻は15時半、そろそろお腹もすいてきたので、デパートの中のレストランで昼食をとった、もちろんパスタだ。朝から歩き回っていたので発汗が激しく、水分をたくさん補給した。すぐ近くに、マニラで有名な大型スーパー「SM」という怪しい店があるので、そこで夜のビールと飲料水を購入。再び電車に乗り、次なる目的地に向かった。
 

レイテ沖海戦 第18話

 投稿者:孫文メール  投稿日:2007年 1月 8日(月)13時03分16秒
  2日目。起床し、シャワーを浴びてホテル内のレストランで朝食をとる。日ごろの運動不足がたたって足が筋肉痛&靴擦れだが、準備を整えてマニラ観光に出発した。最初の目的地は、昨日無念のタイムオーバーだった「サンチャゴ要塞」だ。移動手段はもちろん電車。マニラの人間はよほどチェック好きなのか、駅の入り口でカバンの中身をチェックされる。
サンチャゴ要塞に行く前に「リサール公園」に立ち寄った。ここはホセ・リサールが処刑された場所で巨大な、モニュメントの周囲はフィリピン軍が警備をしている。そしていよいよサンチャゴ要塞へ。今度は無事に見学ができた。この「イントラムロス」より北側はキアポ地区と呼ばれ、至る所に市場がある活気あふれる場所と聞くので徒歩で行くことに。キアポ地区の入り口にあったのがチャイナタウン。横浜中華街にある門がマニラにもあった。中国華僑の膨張力には恐れ入る。かなりゴミゴミした場所で、雰囲気としては北京の前門、韓国の東大門市場、台湾の夜市と全く同じ。しかし、ここでも物乞いにあわなかったのは不思議で仕方がない。
キアポ地区には大統領府である「マラカニアン宮殿」があるので今度はそこに向かって歩いた。しかし全然どこを歩いているのか分からない。筋肉痛からか、歩くのがダルい。
仕方なく「ジプニー」という乗り物に乗ることにした。これは、アメリカ軍のジープを改良した乗り物で、前面にどの道を走るかが書いてある。それを瞬時に読んで、自分の行く方向と同じならば手を挙げて乗車する。降りる時は「パーラ!」と言って降りる。値段は7ペソ。要するにバスとタクシーの中間の乗り物だ。天井が低く、また運転は超荒いので頭をぶつけたりする。これでなんとか目的地に到着しようとしたが、逆に迷ってしまったため、ここで最終手段を使うことにした。
 

レイテ沖海戦 第17話

 投稿者:孫文メール  投稿日:2007年 1月 8日(月)12時23分19秒
  マゼランが到着したことがきっかけでフィリピンはスペインの植民地になった。スペイン人は強固な城塞を建築した。この城壁に囲まれた場所が「イントラムロス」である。内部は中世のスペインを思わせる建築が多数。石畳の公道を馬車が走る光景は実に見ごたえがある。入り口すぐのところにあるサン・オウガスチン教会は世界遺産に指定されている。中ではちょうど結婚式が行なわれていた。さらに先にはマニラ大聖堂、そして一番奥にあるのが「サンチャゴ要塞」。独立の英雄ホセ・リサールが処刑前まで住んでいた牢獄がある。第2次大戦中は日本軍が占領し、多くのフィリピン人が命を落とした場所でもある。入ろうとすると入り口の係員に呼び止められた

「もう終了時間ですよ~」

時計を見ると18時半。せっかくここまで来たのに一番の目玉が閉まっているのはショックだった。しかし、マニラ初日はコレヒドール島に行くことが目的だったため、本日はこれにて終了。近くにフィリピン本にも載っているレストランがあるのでそこでパスタとハロハロというカキ氷を食する(ちなみに、この旅行はパスタ三昧だった)。レストランを出ると「DIOの時間」となっていた。1時間以上かけてホテルまで歩いて帰り、部屋でビールを飲んだ。ホテルのバーには山本モナにそっくりな美人の店員さんがいたのでそこでウォッカを飲み、タガログ語で放送されている日本のアニメを見ながら、いつの間にか寝てしまった。
 

レイテ沖海戦 第16話

 投稿者:孫文メール  投稿日:2007年 1月 8日(月)11時31分10秒
  時刻は15時半。近くにあったセブンイレブンでビールを購入し、一度ホテルに戻って一休みをすることにした。30度の中を歩き回っていたので汗びっしょり。休憩しながら次にどこに行こうか考えた。結果、マニラの中心地であるシティ・マニラ地区に行くことにした。

普通ならここでタクシーを使用するのだが、交通渋滞激しいマニラではタクシーは役に立たない。代わって電車を使用することにした。ホテルはプル・プヤット駅から徒歩1分の立地条件なのですぐに乗れた。駅に入る前に入り口でカバンの中をチェックされ電車に乗る。クーラーがきいていて、なかなかいい乗り心地。

「セントラル駅」に到着。マニラの治安は悪いと聞いていたが、ベトナムのハノイに比べるとはるかによい。また、日本人に対して物乞いをするのが東南アジアの特徴だが、マニラで物乞いをうけることは、この旅で一度もなかった。かなり安全な都市である。かなり迷ってローマ広場などを経て、ようやく「イントラムロス」に到着した。
 

レイテ沖海戦 第15話

 投稿者:孫文メール  投稿日:2007年 1月 8日(月)10時46分32秒
  帰りのバスにて「またコレヒドールツアーに来てください。日本語できる人間、私しかいません。また会いましょう。」と言って船に乗った。船でくつろいでいると私の隣に突然座る人間が…出羽錦だ。

「お客さん、若いから英語できるでしょう? この本かいませんか?」

丁重に断った。根は優しい人間だと思う。その後はフィリピン話に花咲いた。日本の世界史で、ホセ・リサールはやりますよ、と言うととても喜んだ。独裁者と言われているマルコス大統領については「マルコスのおかげでフィリピン豊かになったね。マルコスは一番素晴らしい大統領。アキノもエストラーダもアロヨも全然ダメね。マルコスは悪くない、悪いのはイメルダね(マルコスの奥さん)」。現地のフィリピン人らしい考えだ。先月のASEANサミット延期についても「あれは台風がひどかったんだよ~」と。

「ところでお客さんはこの後どうするの? なんならいい娘紹介しましょうか? だいたい5000ペソくらいね。現地のいいお店とか教えてくれるから便利ね」

この時、昨日のロッキーの発言や、若いフィリピン人女性など全ての謎が解決した。どうやらここフィリピンでは、「1日彼女レンタル」が裏ルートでできる仕組みがあるらしい。レンタルした1日彼女が現地人と交渉したり、いい店を紹介したりしてくれるというのだ。未知の世界フィリピン、まだまだ奥が深い!

船はマニラに到着した。策士出羽錦と固い握手で別れた。
 

以上は、新着順1番目から10番目までの記事です。 1  2  3  |  《前のページ |  次のページ》 
/3 


[PR] モバイル制作